ヨセミテ国立公園 4日目 Yosemite National Park ~ Day 4 / by Shimpei Miyata

ヨセミテ最終日。

 

いよいよ今日でヨセミテを発たなければならない。合計3泊4日だったが毎日忙しく歩き回っていたせいで時間はあっという間に過ぎていった。

と感傷に浸る前に、4日目の今日は最大のビッグイベントが待っている。

そう、ヨセミテクライマックスのハーフドームが待ち受けているのだ。ヨセミテバレー内の至る所から見えるハーフドームだが、あれを登るということがどういう事なのか、直前になっても想像がつかなかった。

 

朝4時20分に起床。
日の出前の暗闇の中、周りに迷惑をかけないようこっそりと撤収と出発の準備を始める。ハーフドーム迄の往復はなるべく荷物を減らして軽くしたいため、不要な荷物はフードボックスに入れておき、帰りにピックアップする事にする。

5時過ぎに準備が整い、出発する頃には少しずつ空が白み始めていた。

じっとしていると寒いくらいの気温だが、歩き始めるとちょうど良く気持ちがいい。朝の澄んだ空気の中、鹿の朝ごはん姿を横目に歩くハイシエラの森はこれまで以上に強烈にヨセミテに来ていることを実感させてくれた。

しかし快適な温度というのは、なにも人間に限った事ではないようで、昨晩と同じく、元気一杯に飛び出てきた大量の蚊にこれまた完全にロックオンされてしまう。

事前に読んでいた本にも書いてあったのである程度は覚悟していたのだが、実際に遭遇してみると気が狂わんばかりに身体の周りに纏わりついてくる。

2秒とじっとしていられないこの状況に、2人してもう半分パニックになりかけている。つい先ほどまでの爽やかな山歩きから一転して、過酷な逃走劇に様変わりしてしまった。

完全に余談だけど、蚊の大群に襲われるとふと頭をよぎる光景がある。小学生のときジャンプで読んでいたラッキーマンのある1話の中で、力の源である運が無くなったラッキーマンが、敵にけしかけられた蚊に全身を刺されまくるというシーンがあった。「ぎえぇ〜〜!!!」と叫ぶ、見開き一杯に描かれたブクブクのラッキーマンの姿はギャグ漫画ながら衝撃的で、子供心になんて酷い事をするんだと恐怖に震えたのを鮮明に覚えている。笑えねーよと。

そんな恐怖の記憶がフラッシュバックするため余計に焦りが増長され、慌てて長袖を着て帽子にはバグネットを取り付けた。

これで幾分はマシになるものの、それでも僅かに露出している指などは容赦なく刺される。耳元で常に鳴響く羽音に苦しめられながら歩いていると、途中で昨日バーナーを貸してくれた隣の夫婦に追い抜かされた。

我々の完全防備の姿を見て、「モスキート?凄い量だな」と声をかけられたが、先を行く彼らの格好はノースリーブに短パンというこちらからすれば、それ即ち死を意味するような無防備さを極めていた。超人達め。昨日はバーナーをありがとう。

そんな地獄の様な状況も日が昇り始めると、数も少なくなり少しずつまた快適な山歩きに戻っていった。

 

ハーフドームに近づくと視界も開け、圧倒的な大パノラマの世界。朝日のコントラストで絵画のような景色は実物を前にしても凄すぎて現実味がない。

途中でマーモットの食事を見物。
写真を撮ろうと近づいたら睨まれました。邪魔してすまん。

 

8時過ぎにサブトームに到着。目の前にハーフドームがそびえ立つ。もう、本当にそびえ立っているとしか言いようの無い光景が目の前に広がる。何人かの登山者がケーブルを伝い登っているが、ここから見るとどう見ても垂直にしか見えない。

あれ?これはもしかして無理じゃ、、と思わず口から出そうなった言葉を慌てて飲み込む。これ以上ネガティヴ要素を足してしまえば簡単に白旗を振ることになりかねない程強烈な見た目だった。

少し心の準備も兼ねた休憩を取った後、やっと心を決めてケーブルに取り付く。ここから約120mを一気に登りきらなればならない。

登り始めは思っていたより緩やかな傾斜でグングンと登っていけ、これは意外と簡単に登頂できるかも、と思ったのも束の間、次第に急になる傾斜。真ん中を越えた辺りから角度は殆ど垂直に近づき、両手のケーブルを頼りにほぼ手の力だけで身体を持ち上げていくような感覚で登り続ける。一定間隔で設置された木の板を足掛かりにして何とか体勢を保つが、上を見上げると、まだ先は長そうだ。

後ろはなるべく見ない。ふと下りのことが頭をよぎったが、急いで頭から打ち消した。
とにかく今は登りきることが全てだ。

朝早い時間帯でまだ人数が少なかったのは幸いだった。
最大の傾斜を越え、山頂に近付くとまた少しずつ緩やかに変化していった。

 

35分かけてヒーヒー言いながら何とか無事登頂。思わず後ろを登ってきた青年とハイタッチ。

山頂はただただ広大な岩場になっており、西側にかけて緩やかに1段下がっている。

柵などは一切ないため自由に行き来出来るが、ふと気付くと数十センチ先が切り立った崖の上だったりするから、怖くて思い切った行動には出られなかった。あと単純に広すぎて端まで行くのも大変。

360°に広がる壮大な景色。
一昨日グレイシャーポイントから見たハーフドームの上に立っていると考えると随分遠い所まで来たなぁと感慨にひたる。

ザラザラと乾いた岩の上を歩き回りながら、眼下に何処までも連なるグレーの山並みを見ていると世界観が変わる、と言うのは大袈裟すぎて違うのだけど、自分の感覚が少しズレるような感じがした。この景色のある国で育てば考え方や価値観も僕らと違うのはそりゃそうだろうと妙な納得感もあった。

残念ながらバーナーは使えないので、最高のロケーションの昼食は昨日と同じく水で戻したわかめご飯をたべ、記念撮影などを一通り行った所でそろそろ降りることに。

せっかく苦労して登ったのだからもっとゆっくりしたいのは山々だが、今日はまたヨセミテバレーに戻らなければならない。しかも行程としても今日が最も距離も長い。

さあ、もうひと頑張りさっと降りて帰ろうとケーブルに戻るが、ことはそう簡単ではなかった。さっき一瞬頭をよぎった下りの状況は、案の定というか登りよりよっぽどヘビーだった。

ケーブルは両手側に1本ずつ張ってあり、それを頼りに上り下りするのだが、一箇所しかないため登りの客と下りの客で、お互いが片側のケーブルに寄りながら上手い事すれ違わなければならない。しかも運の悪い事に登りの登山者が数珠つなぎになって登ってくる時間帯になってしまっていた。

とはいえここから降りる以外に残された手段はなく、登った以上は降りなければならない。これはもう、登山の基本中の基本。大原則だ。
ええいままよ!と勢いをつけて(心の中で)そっとケーブルに取り付く。


下山は想像以上に難航した。

途中傾斜が厳しくなって来た所で発覚した事実だが、どうやら奥さんはケーブルをがっちり両手に掴んでいないとダメらしい。

「私、両手で掴んでないと無理!」と高らかに宣言していたが、次から次へ登ってくる人達を前にしてのその発言は、雲行きをさらに怪しくするばかりだった。

来た時のように自分のペースで降りるだけならばまだ楽なのだけど、途中で登りの登山者とすれ違う行為が中々負担が大きい。

一瞬、ノコノコをなぎ倒しながら滑り降りるマリオの光景が頭の中で流れる。あぁ、あれを今、ここでしたい!これだけの敵(登山者)がいれば下につく頃には1UPくらいしてるだろうに、と危険思想に絡め取られそうになるが、何とか正気を保つ。

苦労しながらも両手にキープが必須の奥さんの腕の下を、状況を察した優しい登山者の皆が潜り抜けて行くという、アクロバティックなすれ違い方で何とか無事に下山。
登ってくる人達の中には恰幅の良いおば様から、膝を痛めているようなお爺さんまでいて、登ったら降りなきゃいけないんだよ。という当たり前の事を忘れてるんではないかと不安になった。あの人達は無事に降りられただろうか。


今日何度目かの気を取り直して、ヨセミテバレーに向けて再出発する。

帰りの長い行程は体力のない僕らにはハードな道のりだったが、図ったようなタイミングで現れる滝や川で回復しながらも黙々と歩く。

水の豊富なジョンミュアトレイルと言うだけあり、確かに途中で水を補給する分には困らないのにも助けられた。

ただし油断ならないのは水場と言えど、日本と違ってそのままは飲めない。川の水は必ず浄水器で濾して飲まないと中に紛れた寄生虫によりお腹を壊すため、僕らも持ってきた小型の浄水器で濾して飲む。因みにそこら中で愛想を振りまきまくっているリスも、迂闊に触るとハンタウィルスに感染して命を落とす可能性もあるというから、流石甘くないアメリカの大自然。

濾せば大丈夫とはいえ、寄生虫も肉眼で見えるわけではないので最初はビクビクしながら様子を見ながら少しずつ飲んでいたが、慣れると雪解けの冷たい川の水の方が美味しくて疲れた体に染みるので結局ガブ飲みしてしまっていた。
海外に行くと高確率でお腹や体調を崩して来た自分が何ともなかったので、浄水器もちゃんと役目を果たしてくれていたのだろう。

 

2つ目の滝、バーナルフォールを越えた辺りからは2人とも披露がピークに達しており、お互い心を無にして、ただひたすら右足と左足を交互に出して歩き続けるマシーンと化していた。口数と同じくして激減する写真の数。記憶もおぼろげだ。

行程を2日に分けてもこの有様だったのだ。トチ狂って日帰りなんて選択をしてしまった日には途中の滝から流れてくる以外、帰ってくる手段はなかったんじゃないかと思う位自分たちにはハードだったのに、他の方のブログなど読んでいると女の人でも、あー疲れちゃった、程度の感じで日帰りしている人も結構いて、しかもよくよく考えてみれば許可証の関係上ほとんどの人が日帰りコースなはずで、僕たちとの間に大きく開いたこの差は何だと愕然としてしまった。
 


そんな訳で、最後にまた寄りたいところもあったためなるべく早く戻りたかったのだが、そんな余裕は全くなく何とか満身創痍でたどり着いたのは18時を過ぎてしまっていた。

最終日はヨセミテを出たジューンレイク近くに宿を取ってあるため、少し休んだらもう出なければならない。ヘトヘトになりながら最後のピザを2人で食べた。思い返せば何だかピザばっかり食べてたなぁ。

 

こうしてヨセミテ最後の1日が終わった。

ゆっくり出来るよう長めの滞在期間にしたつもりだったが、蓋を開けてみると毎日駆けずり回り、日の入りと共に瞼が自然と落ちる日々だった。

慌ただしい毎日だったけど朝起きてご飯を食べにカフェに行き、ランニングしたり自転車に乗ったりとヨセミテを思うがままに楽しむ人たちを見ているだけでも幸せな気分が味わえる4日間だったし、その時に感じた、ずっと来たかった場所に正にいるという実感は今思い返してもニヤニヤしてしまう。
本当はすれ違う全員とハイタッチして歩いてもいいくらい上機嫌だったけど、そんな奴はアメリカ人でもいなかったので止めておいた。

何もしなくても楽しかっただろうし、今回の様に駆けずりまわっても全然時間が足りないくらいだ。実際、行こうと思っていたが時間がなく行けなかった所も沢山ある。(アワニーホテルとかキャンプ4とか、その他色々ね)
今回は夏真っ盛りの時期だったけど、秋や冬もまた違った魅力があるんだろうなぁと思いを巡らせればきりが無い。

時間は夜も21時に近づく頃。滞在中ずっと晴れ渡っていた空は、この時間になると青からオレンジのクリアなグラデーションに変わる。
 ヨセミテから出る途中で車を停めて見た夕日に夏の終わりの様な寂しさを感じながらも、頭の中ではもう次に来た時にどうしようかと想像が膨らみ楽しくなってしまっていた。

グッバイヨセミテ!また来るよ!